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きっとシャングリラだよ

映画『検察側の罪人』愚者たちを見下ろして【感想】

 

 

ご無沙汰しております~!大野さんも宣言したとおりもう秋!早い!

というわけで感想行ってみましょう!今回はこちら!どん!

 

検察側の罪人』 2018年 監督:原田眞人 出演:木村拓哉二宮和也

 

※原作未読です。
※ネタバレをおおいに含みます。

 

 

 

公開中の映画なので、万が一ネタバレ見たっていいや!ってノリで読み進めてる方がいらっしゃるかもということでひとつ私からの個人的な見に行く前の心構えなんですけど、この映画には4DX見に行くつもりで行くぐらいがちょうどいいと思います。アトラクションだから。体力使うから。

バーン!ってなるところでビクッとしたりとか人がドーン!ってなるところでビクッとしたりとか車がバシャーン!ってなるところでビクッてしたり(お察しください)してたおかげで首から肩にかけてのあたりが非常に疲れました。あと意味もなく太もものあたりにも力入ってたし手にも力入ってた。

非常にカロリーを消費するタイプの映画なので、ほどほどにお腹に物をいれ(満腹は絶対にやめたほうがいいと思うけども)、直後に運動や仕事が控えているタイミングは避け(私は仕事帰りに行って疲労困憊して帰宅)、部屋を明るく……はできないので心を明るくして画面から離れて鑑賞しましょう。

逆に言えば映画館のあの環境でないと気が散ったりのめり込めなかったり距離ができすぎちゃったりして醍醐味を味わえないタイプの「映画館で見たほうがいい映画」だと思います。アクションとかじゃないけど。そういう映画館向きの映画もあるよね。まだの人は急ぎましょうね。

 

 

※ここからネタバレあります。

さて、このシーンはどうこう、とかそういうことを感想として述べるのが苦手な当方なので今回もいつもの調子で考えたことをつらつら述べていくスタイルで行くんですけど、話題が話題だけにちょっと踏み込みづらいんですけど正直にいこうと思います。

見終わって一番最初に強く感じたことが、人間ってなんて愚かで可愛い生き物なんだろう、ってことで。

人間は例えそれが許されないとわかっていたとしても罪を犯す。その上で、残念ながらいまのところ私たちは人間以外にその罪を量ったり裁いたりできるシステムを持っていない。それはすっごく当たり前のことで、普通に今だって日本のいたるところでその歪が生まれている。そしてそれも折込ずみでしかこの社会は成り立たない。それがいまのところの人間の限界なわけじゃないですか。それがすごくよく見える物語。

いやー人間って脆弱だよね。身も心も。でも弱いものってかわいいじゃないですか。弱いものはかわいい。世の摂理ですよ。

私は底意地の悪いお話(ぼかした表現)が好きすぎて友人から「倫理観の墓場女」の称号をいただいた人間なので、自分の感覚を一般化するような話をするのもどうかとは思うんですけど、この物語の登場人物で一番我々映画を鑑賞している人に近い位置にいるのがブローカー諏訪部だと思うんですよ。

私たちは最上に同情したり、沖野を応援したりしながらも、彼らの愚かさの果てを見たいと思わずにはいられない。どこまでも行けるところまで堕ちてしまう様子が見たいと思ってしまう。

そうして最も私たちに近い諏訪部は、いとも簡単に松倉を殺す。

なんていうか、レイヤーがひとつ上なんですよね。私たちとそして諏訪部は。一段階上に立ってるの。それをときに神様と呼ぶのかもしれないけれど。愚かな人間どもを見下ろしてあーだこーだ言ってる。時に自分の見たいものの方向へ手を突っ込んだりもして。

で、この映画の登場人物はみんなどっかしら100パーセントの同情はできないように作られているんだと思うんだけれども、じゃあみんな嫌いになれるように作られているのかっていうとそうではないと私は思います。みーんなどこかなんとなく愛嬌があって、憎めなくて。そしてそれでいいよってことなんだと思っている。

「100パーセントの嘘つきも100パーセント真実を語る人もいない」。これに尽きるんだと思います。最上は嘘つき、沙穂ちゃんだって嘘つき、沖野くんだって最初からスパッと真実を追うことに専念できたわけじゃなくてぐるぐる悩むし、街の人から証言取るために沙穂ちゃんの大切な友達の話を使おうとしたのも職務上の情報抱えて弁護団についたのも、松倉に謝れると思ったのも正直どうかと思った(沙穂ちゃんの件、私だったらあの場で思いっきり横っ面張ってた可能性があるので沙穂ちゃんは偉い)。逆に松倉が部屋にゆらゆら揺れる変なモビール飾ってたりママとかお兄ちゃんのことがどっかしら心にあったりするのはなんとなくうんうん…って思ったり、弓ちゃんだって食堂で自分がやったこと自慢しちゃったりするのそういう奴なんだなぁってちょっとおかしくなったし、あの最後に出頭してきた人はきっと弓ちゃんと親しかった人なんだろうなぁと思うと切ない気持ちにもなった。

この世界にもこの映画にも100パーセント信頼に値する人っていうのはいない。でも逆に100パーセント何にも見所のない人もいないよねって思うし、そういうところが私はすごくかわいいというか、愛おしい映画だなって思いました。

 

 

それから演出とか構成の話をすると、これは「想像力」の話なんですけど、警察とか検察の仕事って本当、想像力で勝負する世界なんですよね。

遺留品や現場の状況から過去のことを推測しないといけないし、それは最初から全部見えているわけじゃなくて、あるものから想像して探しにいかないといけない。供述だって、昔のことを思い出しながらなわけだから飛び飛びだし、しかも自分の都合のいい部分だけ取り出してないかとかを考えて間を想像力でつなぎながら聞き出さないといけない。「覚えてないじゃなくて言いたくないって言うんだよ」ってやりとりあったけどほんと、そこすごい重要なんですよね。雑に流していいとこじゃないんだよね。わかる。わかる……。

で、だからこそそれがうっかりボタンをかけ違えたり誰かが意図的にそっと軌道をずらしてたりすると大惨事につながるわけなんですけれども。つながったのが今回の一件なんですけれども。

そういうのを強く感じる構成と演出だったなぁというか。金貸してた夫婦が殺害されるシーンは回想としても出てこないし、松倉と彼の兄が犯した犯行も言葉でしか出てこない。そこをこちらは想像で補わなければならない。

全ての発端となった彼女は回想として姿を見せるけれど、それは私たちが最上がどうしてこういうふうにことを運んでいるのかをトレースしやすくするためであって、本当の犯行そのもののシーンは松倉の語りでしかわかりません。それでも沙穂ちゃんは涙を流すことができる。彼女の死を思い描くことができる。

真相は想像力に頼らなければ出てこない、その真相もそれぞれの中の想像力に塗れている。それを人間の限界と見るか、可能性と見るかなんだよなぁ。

見ていてなんとなく小説的だなぁ、演劇的だなぁ、って思ったのは観る側で補わないといけない隙間がたくさんあるからなのかなぁとも思いました。最上が戦争を「白骨街道」から想像することしかできないように。

 

そんな感じで、私はわりと人間ってどーしようもなくてでもそれでもあがいたりするところが面白いなって、なんかそんなふうに思いました。全員同情しきれないけれど、全員がかわいい人間たち。

そんなふうに思えたのは出演者が全員最強のお芝居をしてくれたおかげだと思うし、観る側の想像力に任せても脱線しない構成にするのも全員の最強のお芝居があってこそだし、やっぱそこですよね~。

好きなところいっぱいあるけど、凄みのあるところはたいてい皆様が言ってしまっているのでとりあえず沖野くん関係の小さいところから挙げると、リュックしょってとことこ歩いてるのめっちゃかわいいなっていうのと、ラブホに突入するあたりの沙穂ちゃんに押され気味なのめっちゃかわいいなっていうのとか、なんかもうすごくかわいかったですね……かわいい。

木村くんなんですけど、ジャニーズ偏差値の低い私には実は「キムタク」もそんなに強いイメージみたいなものが自分の中になくて、ただすごくすごく大好きなドラマが「眠れる森」っていう(この辺に倫理観の墓場女感が出ている)、そんな記憶だけで見たんですけど、良かったですねぇ~。なんていうか、ああいう美しくて頭が良くて社会的にも精神的にもパワーがあって、っていう人がすごい勢いでそのパワーのままに転がり落ちていくってのがイイですよね。なんていうか、「美しくて頭が良くて社会的にも精神的のもパワーがある」みたいなものに説得力がないとその落ちっぷりも生きないじゃないですか。

あとはもう、松重豊さんがすごかったね。最初から最後まで圧巻でしたね。ああいう人にかっこいいって言っちゃあいけないんだろうけどやっぱりかっこいいんですよね……最上にイタリア娘を用意して撃ち方を教えてくれるあたりとか、台詞声全身がかっこよくて、もうね、松重担になる。

とりあえず見応えがあって良かったので(ここまで読んでる方にはいないと思うけども)まだ見ていない方がいらっしゃったらぜひ。おすすめです。

 

 

あと、これはパンフレットのネタバレになってしまうので見たくない方は今すぐブラウザ閉じてもらいたいんですけど、二宮くんが「人を殺した時点でもう僕にとって最上のそれは正義じゃない」みたいなことを行っていたのが印象的でした。「どっちにも正義がある」なんてのは、深いことを言っているようでいて、時にはただの思考停止だったりもするんですよね。ね。

 

 

 

 

映画『新宿少年探偵団』少年少女と壁の向こう側【感想2】

残暑厳しい中ですが前回に続きます。

そう、今回はこちら、どん。

 

新宿少年探偵団』 1997年 監督:淵井正文 主演:相葉雅紀

 

※原作未読です。

※前回の『ぼくらの勇気  未満都市』と関連した話をしますが、単品でも大丈夫です。

※ネタバレを含みます。

 

 

ちいさな相葉くんを見に行こうの会って感じで未満都市からこちらへ移ったのですが、いやびっくりしたんだけど、1年で人ってこんなに変わる????相葉くんも潤くんも。なんていうかモリとアキラからがっつり垢抜けてやがる……幕原市民もびっくりのシティボーイやでほんま。一気にアイドルの顔をしている。少年の成長はすごい……

 

と思って見てたら思わぬ深手を負ったというか、いやこれ重くね……?けっこう憂鬱になるシーン多くね……?もうちょっとこう、なんていうかポップなやつやと思ってたよ……いや途中の芝生ピクニックシーンと最後のCan do! Can go!はポップだけども……そこで取り返せると思うなよ!!!!でもいいぞ!!!そういうの大好き!!!!!!というわけでまだ見てない人けどこれを読んでいるという人は部屋と心を明るくして適切な距離を取って見ていただきたいと思います。油断してはいけない。

 

未満都市』も『宿少』も、ジュブナイルものでファンタジー、なのですが、あり方は大きく違っています。未満都市が世界観全体がファンタジーに浸かっている作品だとしたら、宿少は「日常世界の上を通り過ぎていったファンタジーのお話」です。大人が全員死に絶え隔離された非日常の世界に生きる少年少女たちと、日常生活の向こう側に妖しい裏側の世界を垣間見る少年少女たち。そしてこの違いが、とてつもなくしんどい。

 

かたや、出ることを許されない壁の中で、それでも生きるために秩序と正義を探す子供たち。その過程で「大人」の欺瞞や弱さを見つけていく子供たち。

 

かたや、両親は離婚、父親は夜勤で家にいないか寝ているか、学校に行かず不良のレッテルを貼られながら昼夜新宿の街を浮浪する壮助。

親に将来のためと塾へ追いやられ、交友関係にまで口を出されながら、才能を発揮する場所まで隠れて求めなければならない謙太郎。

望まないアイドル活動のために苛められ、人の目に追われ、不仲でもひどく扱われても必死に両親をつなぎとめるために壊れる美香。

のびのびと意見を言えない窮屈さを感じ、親に大好きな武道を奪われている響子。

 

なぁんだ。病原菌も政府の陰謀もなくたって、みんな壁の中にいる子たちじゃん。

 

そんな子供たちがいっとき巡り合って、確かにそこには友情と気づきと成長と救いは生まれた。広い世界の存在も知った。でも、それは大人の作った壁を完全に破壊するには至らないわけですよ。美香の両親がこれから仲良くなるわけでもないし、過食症の治療は続くだろうし、壮助の母親は帰ってこない。逆に大人全員が死に絶えて問題すべてがひっくり返ることだってもちろんない。壮助は自分が探しているものは「使命」だってわかったけれど、それは誰かが与えてくれるものじゃない。少年少女の上をファンタジーは通り過ぎて行き、彼らは戦争を続けなければならない。

本当にここしんどいなってシーンがあるんですけれど、作中で、自分が我慢すれば家族がばらばらにならなくて済むんだ(既に精神も肉体も我慢ができる段階を超えているのに)と言う美香に、壮助が「大人は俺が不良になったのは母親がいないせいだって言う。でもそれは違う。俺はもともとこういうやつだった。だから親の事なんて気にせず好きなようにすればいいんだ」というような話をするシーンがあります。言いたいことはわかる。親のことは気にせず好きに生きろというのは正しいと思う。確かにその言葉は美香を救うでしょう。でも壮助くん、貴方だって救われないといけないんだよ。自分が勝手に今の状態になったんだなんて、自分を諦めるみたいなそんな悲しいことを、周りの大人は言わせてはいけなかったんだよ。

この世界の大人は何してんだよ!!!!!!!(机バンバン)

 

いやもーう、ね。中学生の頃に見ることができていたら、主人公たちの不遇もスパイスに不思議な謎の美少年との邂逅や秘密の通信、街に残された暗号に心を躍らせることができたんでしょうけれども。残念ながら私はもう守るもののなかった子どもじゃない、大人になってしまったので、なんかもう、この子たちの痛々しさとそれを許しているこの世界へのやるせなさに目を向けずにはいられなくなってしまいました。

願わくは、この4人が壁の向こう側へ行ける日がきますように。

 

 

暗い話になってしまったので、明るい話をします。相葉雅紀松本潤の可愛らしさ&幸薄そう感すごい(明るい話なのか?)なんていうかこう、この2人ってタイプは全然違うのに2人とも「ホラー映画に出てくる美少年顔」してません?違ったタイプの。なんでだろう。こんなにきちんとしたご家庭できちんと健康的に育ったお子たちなのに。

あと隠せない泣き虫さんチームクラスタなのでガムのシーンはいまだにどういう顔をして見ればいいのかわからないし、蘇芳くん(しっかしまぁ横山くんは顔がきれい、そして今とほんとに同じ顔をしているのでびっくりしました)の手を握り締める壮助くんはだいたいマリア様でした。ありがとうございました。魔力供給?!?!と騒いだのは内緒です。

それから、親に反対されてでも親友でいようとした壮助くんと謙太郎くんが、この物語の後もいつまでも友達であることを願わずにはいられないこの物語ですが、20年後の世界にアイドルになった2人が隣に並んでいるということ、それが一つの回答として用意されていることに心の底から感謝したい。これもまたひとつのスタンド・バイ・ミー。ありがとう世界。

 

 

 長々ご清聴ありがとうございました。またよろしくお願いいたします。

 

おまけ。諸事情あってカスタマーセンターができました。お気軽にご利用ください。

odaibako.net

ドラマ『ぼくらの勇気 未満都市』少年少女と壁の向こう側【感想1】

ご無沙汰しております。夏疾風は良いもの。今回は久しぶりにドラマ感想です。

今回はこちら、どん。

 

『ぼくらの勇気 未満都市』 1997年 主演:堂本光一堂本剛

『ぼくらの勇気 未満都市 2017』 2017年

 

嵐メンバーが主演じゃない作品をレビューするのは初めてですが、そこのところそういう趣旨のブログなので、脇の2人に偏りがちな感想になるのはご容赦いただければと思います。以後ネタバレを含みます。

 

 

まずおことわりなのですが、なぜ「感想1」になっているかっていうと、次に感想を書く予定の作品でも未満都市の話がしたいからです。次回は映画「新宿少年探偵団」の感想になります。どうしてもお互いを引き合いに出したかったので……

 

原因不明のパンデミックが発生して成人男女が死に絶え、隔離された町・幕原を舞台に、少年少女が秩序と人権、正義のあり方を模索していくSF作品になります。

SF大好き、特撮大好き、ついでに可哀想な目に遭う男の子が大好きの私はずぅっと気になっていた作品だったのですが、20年後にあたる2017のDVDが出たのもあり、見てみることにしました。

 

いやー、本当に面白かった。大好き。リアルタイムで見られた人いいなーーー!!

毎回山場があって次が気になって、刺激的な酷いシーンもあればお前らそんなことしてる場合なんか??ってぐらいほっこりする場面もあるし、大掛かりな「壁」や「扉」や荒廃した街が映像で見られるのはファンタジーを実写でやる醍醐味だけど同時にちょっとしたチープさやガバガバさは特撮ファン的にはむしろ愛おしいポイントだし、あと登場人物全員顔がいい。すこぶるいい。

 

お話がどうの、という話は2でしようと思うので、1ではキャラクターの話、幕原の子供たちの話をしようと思います。ほんとみんな良い子なんだ……

 

・ヤマト

ほんと、女の子の夢みたいな主人公だな……という身も蓋もない感想。優しくて正義感があって度胸があって、でも素直になれなかったりわりとシャイだったり、フツーにわがままなところもあったりして、んもーそういうところだよぉ!と見ていて何回叫んだか知れない。慣れないことしたりとか戸惑ったりすると無言でそわそわしだすのが大変かわいい。あと髪が尋常じゃないぐらいサラッサラ。まじサラッサラ。
でもそういうヤマトの優しくて正義感があって度胸があるところは、それなりにキイチやユーリを傷つけるんだよなぁ……それでいて完璧超人ではない憎めないところがなおさら。誰も悪くないんだけれども……

 

・タケル

ええオカン。面倒見がよく飄々としているけれど熱い男っていう、こちらも女の子の夢みたいな男の子で、ほんと、一言一言に好きが溢れてしまうんだよなぁ。後半はもうひたすら可哀想で可哀想で、頑張れタケルくん生きてりゃなんかええこともあるさという気持ちでした。ヤマトとタケルのわちゃわちゃは永遠に見ていられる。ヤマトがあれだけ動けたのはタケルがフォロワーにいたからというのがでかいと思うので、ヤマトはもう少し報・連・相をちゃんとすべきだと思います。

 

・キイチ

私のイチオシ。まず顔がいい。びっくりした。小原くんとおっしゃるのですね……覚えた……信じられないぐらいお顔が美しくて画面に映るたび美しさを噛み締めていました。そしてこの恐ろしいぐらい完璧に美しい顔の男の子がこの「キイチ」という役回りだということが本当に素晴らしいんですよね。キイチくんは決して美しい男の子ではないから。
キイチくんは本当に普通の子で、もう普通の代表みたいな子で、腹が立てば八つ当たりもしたくなるしお腹が空けば友人から盗ってしまうぐらいには心が弱いし、報われなければ人に嫉妬したくも恨みたくもなるし、でも悪人ではないから傷ついた人がいたら助けなきゃと思う気持ちも普通にあるわけですよ。でも彼の隣にいる親友はヤマトで、彼はそんな弱いキイチを絶対に見捨てない。命を賭してでも助けてくれる。こっちはお前を恨みたくなる時だってあるのに!!地獄ですよ。なんて美しい地獄なんでしょう。というわけで私はキイチくんとあの雨の中の校庭シーンがもうめちゃくちゃに好きです。

 

・ユーリ

うっ(思い出しダメージ)(涙腺崩壊)本作のヒロインなわけですけど、彼女とヤマトの友情は熱かったですね……私はあの体育館でみんながユーリを前に出し物をするシーンで本当に涙が止まりませんでした。ああいうの反則。すごく悲しい状況の中でみんなが楽しそうに笑ってるみたいな演出に弱いので……本当に良かったなって思うのは、彼女が最期に、周りのみんなを愛して去っていけたことでした。周りは敵ばっかりで、世界は最悪なところだって思いにまみれたまま死ぬなんて、そんなの悲しすぎるじゃないですか。

 

・スズコ

本作ヒロインその2。2017も見ての感想なのですが、確かにスズコとヤマトは付き合っていたけれど、その思いの部分はそれほど噛み合っていなかったんじゃないかなぁと思いました。スズコは確かにヤマトのことを愛していたけれど、ヤマトのほうは、うん、本当の意味での愛とか恋とか、そういったところまで至っていなかったんじゃないかな。高校生の恋愛なんてそんなもんだし、こんな緊急事態にならなければ表面化しないものだと思いますが。なんだかんだスズコちゃんは強い女の子でした。

 

・モリ

モリくんかわいいよモリくん。今回見たかったポイントの一つだったのですが、んまぁびっくりするほど可愛かった。ほっぺふくふく……っていうか「主人公コンビが舞台に足を踏み入れて最初に出会う、静かに街に佇んでいる人物」って完全にこれ謎の美少女の文脈ですやん。というぐらいヒロインみがすごかった。喋り方とかの演技はこれからってところもあるだろうけど、なんていうか「たったいま僕は傷つきました」っていう顔をするのがめちゃくちゃ…上手いなって……
それから2017を見たときに、潤くんが当時に喋り方を寄せているのに感動しました。声は全然違うのに……主人公コンビはそこまでギャップがないのと、あと普段の潤くんの喋り方を学習した後だったので……松本潤ではなく20年後のモリですっていうのを感じて最高でした。

 

・アキラ

私が相葉さんにハマったのは超最近のため、私にとっての相葉さんはそれこそ未満都市2017スタイルはちゃめちゃ美人な黒髪短髪前髪分けで、でもやっぱりはじまりのすがたも見てみたいよねっていうのがメイン動機で見始めたわけです。それで驚いたことなんですけど……なんか……びっくりするぐらい目が死んでる
えっアキラくんすごい目が死んでる。どうしたのなんでそんなに瞳が荒んでるの?何があったの?あっソウダネ 親が死んでるんだもんね……当然かな……当時から顔はお人形さんのように綺麗なのですが、ちょっと垢抜けない感じと栄養状態良くなさそうな風情と死んだ目が相まってなんかすごい。そんな生き物が気づいたらちゃっかりとヤマト陣営に住み着いている様子が可愛かったです。マコトくんにくっついてるのかマコトくんがくっついてるのか微妙なところも大変よろしい。
2017では見慣れたルックスに戻り、目にも光があったので、ああ良かったアキラくんが人間になれたよ……とほっとしたら状況はあれよあれよという間に悪化し割と秒で目が死んだので相葉さんはどうやら目のハイライトをオンオフできるらしい。最初はあらあら大人になっちゃってまぁと思いましたが、水筒掲げて警備員に取り押さえられるあたりとかには当時の狂犬みたいな感じがあってやっぱりこちらも確かにアキラくんなんだなぁとしみじみしました。

 

 

これだけ語れるぐらいみんなに思い入れができちゃうってのはやっぱり良い物語だったってことですよね……面白かった……

というあたりで一回休憩したいと思います。ここまで読んでくださった方々ありがとうございました。近日中に次も!書くので!!たぶん!!

 

【超初心者の】ここしばらくの学習とご報告

ご無沙汰しております。untitledを擦り切れる勢いで見ていたらそろそろ夏疾風、サクでございます。

11月のコンサートから走り続けて8ヶ月ほどが経過しました。

正直なところ、一過性のブームかと思ってた。本当に正直なところ、こんなに同じ熱量で走り続けられると思ってなかった。こわい。嵐こわい。

ということで、なぜこのタイミングなのかは後述しますが、最近考えたこととか、ここしばらくで変わったこととか、今後どうしていきたいとか、そういうことを一旦まとめておこうと思います。お暇な方はおつきあいください。

 

 

・わかる芸能人が増えた

いや今まで知らなすぎたので当たり前なんですけれど、単純にテレビを見る時間が増えたということ、それから嵐の皆様の共演者、ご友人というように、たくさんの人がわかるようになりました。
特に、事務所の先輩後輩の皆さんを一気に覚えられるようになったのはすごく大きい……みんなとてもかっこいいしかわいいし、仲良しエピソードを聞けるのはとても楽しい。知らないジャンルに対してよく言ってしまう言葉ですが「見分けが付かない」状態からだいぶ進歩して顔とお名前がわかる人が増えました。個人的に今気になっているのは上田くんですね。顔がかわいいので(顔がかわいいので)

 

・テレビ番組と雑誌を気にして生きるようになった

テレビ誌って正直ずっと誰が買うんだろうなって思ってたんですけど、すごい……今までテレビジョンをお正月にだけ買う家にいたからわからなかった……うっかり開くと心臓発作を起こしてしまうので気をつけてレジに持っていくようにしています。あと朝のワイドショーを全く見ない人間だったので、そもそもこんなにいろいろあるんだ…あとCM放映始まるとかでも出るんだ…とかいう発見がいろいろありました。また、このたびブラックペアンの制作発表から放映終了までを経験することができたので、雑誌が出るとかワイドショーに出るとか番宣に呼ばれるとか、そういうドラマに付随してくる諸々の流れも知ることができました。万全の態勢で10月を待てそうです。楽しみ。

 

 ・安心してオタクができるようになった

私は二次元、それも特に少年漫画系や、日曜の朝に世界を守ったりする、そういうジャンルのオタクでした。ご理解いただけるかわからないのですが、こういった界隈における我々女性というのは、消費や愛の深さに関わらず肩身が狭いものです。「お前は正当な客ではない」というのを仲間であるはずの周囲のファンや、時には制作サイドそのものから投げつけられることが珍しくない場所です。そういう場所で生きてきた人間にとって、「貴方がお客様です」と言ってもらえる世界というのはけっこう新鮮で、そしてこんなにも安心感を与えてくれるものなのかということを知りました。私が客だ!と胸を張れる世界。逆に、私も誰かの趣味を年齢や性別でとやかく言いたくはないなとも思いました。愛で勝負だ。

 

 

・異文化を学習できた

ジャンルのファンの文化というのは傍から見ていてもわからないもので、飛び込んでみてわかったことがたくさんありました。同じものを見ていても、人によって、その人の推しによって年齢によって推し方によって好みによって、見えている世界は全然違います。さながら異文化交流のノリで、いろんな価値観の存在を知ることができました。

例えばなんですけれど、二次元に推しがいる人間は、推しがこちらを認知することも、推しに感謝をしてもらうこともありません。当たり前の話ですが。そのスタンスで3次元の人間を推しているせいだと思うのですが、私には、ファンである自分が推しに歓迎されるという図式があまり馴染めません。だって、自分のことを四六時中考えて追いかけて一挙手一投足を気にして動画をコマ送りして、幻想を着せて事情も知らずに勝手な意見言って勝手に期待したり病んだりしてる自分が名前も知らない人間の集団なんて気持ち悪いに決まってるじゃないですか。そう思ってしまう。だからいつも、どうしてこの人たちは私にありがとうと言ってくれるのかとても不思議な気持ちになります。うーん文字にするとなんだかヒドい男と付き合っていた女のようだな……だからそういう思考に陥らないファンの方を見かけると、おおお異文化だ……という気持ちになります。
あっ前述の問題については、アーティストや俳優さんなんかは、我々が落としたお金で活動しているにも関わらずウケるためにやる音楽なんかヤボだぜ、みたいなニュアンスで来ることがあるんですが、アイドルはそのへんがきちんと商業主義的でわかりやすくていいな~とも思っています。難しいね。個人的に嵐さんはこちらとの距離感がほどほどで好きです。

 

・知らないジャンルに対しての節度を学べた

全く予想していなかったところに落っこちたことで、「現時点で興味のないジャンルに対してとやかく意見を述べるべきではない」ということを骨身にしみて学びました。なぜならそれで悲しむ人がいるのは当然として置いておいて、万が一、自分がそのジャンルに落ちることになった際に過去の自分に殺されて死ぬからです。わはははは。危ないところだったぜ……人間どんなタイミングでそれが来るかわからないし、そうでなくても、自分がよく知った上で嫌いなものを述べるならともかく、よくわからないものをよくわからないままで雰囲気でdisるのはやめよう。私の萌えは誰かの萎え、私の萎えは誰かの萌え。そして私の萎えは明日の私の萌えになるかもしれない。自戒。

 

・愛は叫びたい時に叫んでおくべきだということを学べた

振り返ってみればここ8ヶ月でいろいろなことがありました。熱愛報道、結婚、活動再開、消極的脱退、積極的脱退、活動自粛、留学、手術……
えっ?これって普通のペース?わかんないんですけどそのへんどうなんですか?もう役満じゃん。なんかもうのっけからケーススタディを学びすぎていてもう怖いものはないメンタルなんですが。半年にして。そのせいもあって、見たいものは今見て、ほしいものには今お金を払って、書きたいものや描きたいものは書いて、愛は叫んでおくべきだなって思いました。
全然関係ないですが、先日初めて某女子アイドルの選挙に清き一票を投じてきました。一票だけだけど……なんとなくこう、ただ○○だったら○○ちゃんがかわいいと思うんだよね、みたいなのだけじゃなく、私はあの子を応援したという証明みたいなものが自分の中にほしいなと思ってしまったので。それはその子が卒業してしまったり不慮の何かでいなくなってしまったりしてからではできないし、私が興味を失ってしまってもできない、今だけしか騒げないお祭りなんだなぁと思ったので。私の一票は4位の彼女の得票にそっと含まれることになりましたが(私は男女問わずスタイルがよく顔の小さい頑張り屋さんが大好きです)商法がどうのってのは置いておいてこのときめきを覚えておきたいなと思いました。

 

そしてそれに関連して最後にご報告です。先日、嵐のファミリークラブに入会いたしました。

これだけ楽しんでおいて今更かよ…って気もしますが11月からここまで熱が続いてしまったこと、まだ冷める(覚める?)予定はなさそうなこと、またあのコンサートに行きたいと思ってしまったこと、何より今しかないこの時に、今の自分への証明がほしいと思ってしまったために、入会させていただきました。「好き」とか「消費している」とかもそれはそれで一つの形だけれど、ファンクラブっていうとなんとなく「応援している」みたいなニュアンスが出る気がする。会員番号、217万代。こわい。通帳に燦然と輝く入金先、嵐。こいつぁ遠いところまで来ちまったぜ……と今更のように。

清く正しくひっそりと、自分なりに楽しんでいけたらいいなぁと思っています。今後共よろしくお願いいたします。

 

 

【超初心者が】振り返る嵐とジャニーズ

ご無沙汰しております。お元気でいらっしゃいますでしょうか。

「untitled」発売が迫ってきております!ひゃあ!楽しみ!

コンサートで転げ落ちたので、これが初めてのリアルタイムDVD購入となります……あっあとワクワク学校に願書を出しました。着実にファンとしてのステップを登っております。落ちましたけど。

そんな中で思ったのは、「私はこれで惚れました」というのをエピソードとしてズバリ言えるのは、それほど当たり前ではないということです。ぼんや~りとハマった人も多いでしょうし、もうきっかけを思い出せないほど昔の話になってしまったよ、ハマったのがもうモノゴコロつくまえだよ、みたいな人もたくさんいるわけです。

そこで、今回はなんとなく、「私と嵐、そしてジャニーズ」を振り返ってみたいと思いました。なんせ、振り返ることができるレベルで経験値が低かったところに、今大量の情報を流し込んでいる状態。忘れないうちに、書き留めておこうと思います。

単純に備忘録な上にあやふやな記憶で書いていますので、いや年数に矛盾があるよ、事実と違うよ、という部分がある可能性があります。ご容赦ください。

 

1999年:KinKi Kids「フラワー」

よく考えたら本当の最古は「勇気100%」とかなのかもしれませんが、「歌っている人」の存在を認知していなかったものを除外すると私の人生で最古のジャニーズの記憶は、幼稚園年長さんの頃。クラスに、大きくなったらなりたいものとして「キンキキッズのような歌って踊れるかっこいいお兄さんになりたい」と書いている男の子がいました。キンキキッズって何、と聞いた私に彼が教えてくれたのがこの曲でした。私がこの曲を覚えていられたのは、この曲のサビが鍵盤ハーモニカの黒鍵だけで弾くことができるという点が大きかったと思います。めちゃくちゃ弾いた。M原くん、今どこでどうしているでしょうか。どこかで歌って踊れるかっこいいお兄さんになっていてくれるとうれしいです。

 

2001年:嵐「君のために僕がいる」

私の人生で初めて認識した嵐は、小学校の運動会のリズム体操に採用されたこの曲でした。大好きなので、たくさん聴くようになっても嵐で好きな曲は?って聞かれたら私はこれをあげるのかもしれない。ただ先生が創作したリズム体操で覚えたせいで未だにこの曲を聞くと「もう後悔しないように勇気をあげる♪」の後に謎の「やぁ!やぁ!やぁ!」みたいな合いの手が脳内再生されるんですけれどね。これはもう呪い。つらい。

このあとをまとめてはっきりしたのですが、ここからかなりの間、私の中の「嵐」が更新されることはありませんでした。私のエンタメ離れのせいだと思っていたのですが、どうやら嵐年表と符号する点があるのかもしれないな、といろいろ学んだ今は思います。

 

2002年:V6『学校へ行こう!

ドンピシャ世代です。面白かったよなぁ……B-RAPハイスクールとか……というかあの頃はこれを見ていないと人間じゃないレベルにみんな見てた気がする。学校でみんなで昨日の学校へ行こうの話をしてたし、そもそも見てないとみのりかリズム4とか参加できませんからね……しかしこれがあったために当時の私にとってV6は完全に「楽しくておもろい俺たちの味方のお兄ちゃんたち」という位置づけになってしまい、歌う姿を見るようになった今でもたぶんどこかでまだそうなんだろうな、と思います。ちなみに長野くんが好きです。

 

2004年頃:SMAP世界に一つだけの花

スタンダードになりすぎていてもうよくわからないけれど、当時の私たちにはこの歌があったし慎吾ママがいたしほん怖には吾郎ちゃんがいた。スマスマもときどき見てたけど面白かったなぁ……私にとってSMAPは物心ついたときにはもう大スターで、SMAPがJr.にいて普通にデビューして……っていう存在だってことを考えたことすらなかった。

あっ見たのは大学入ってからなんですがなんだかんだジャニーズ関連のドラマで1番好きなの「眠れる森」かもしれない……あれはいいドラマですね(逃げろ!鬱話を食って生きているオタクだ!!)

 

2005年:ドラマ『野ブタ。をプロデュース

この頃からかなぁ、周りのみんなが「KAT-TUN」派か「NEWS」派になったのは。小学校高学年。みんながジャニーズをジャニーズとして消費する階段を登っていくところに、私はついていくことができなくなりました。学校へ行こう!は終わってしまったけれど、私はそこから「○○くんかっこいい!」っていう階層へ進んでいくことができなかった。NEWSの下敷きを見せられて、「誰が好き?」って聞かれたけど誰もわからなくて、おそるおそる指をさしたら「ほらやっぱり山Pじゃん!」って友が言ったので「あぁこれが山Pなのか!」と思ったことを強烈に覚えている。隣の家の姉妹がお姉ちゃんが亀梨くん派で妹が赤西くん派で揉めていたことを覚えている。

一方その頃、私は長持ちする笹舟の構造を研究していた。

 

2006年頃?:『アンティーク~西洋骨董洋菓子店~』

本当の放送は2001年なんですが、所謂「夕方の再放送」というやつです。この頃に見た気がする。ケーキが美味しそうで、ミスチルの音楽が素敵で、お話が面白くて、そしてタッキーがかっこよかった。えなりかずきもいい味出してる。大人になってから原作買いました。原作では千影さんが好きです。

そして私は、好きなアイドルは?という問いに答えるカードを手に入れました。しかし申し訳ないことに私には、彼のためにポスターを買おうとか、CDを買おうとか、そういう発想は全くありませんでした。そういう行動自体の発想が自分の中になかった。当時の私のシール帳には、買った覚えはないので友から集まってきちゃったのであろう雑誌のタッキーの切り抜きが何枚か貼ってあります。そういやVenusもこの頃ですね。カラオケで歌うと皆が踊ってくれるので重宝しています。

 

2007年:NEWS「希望~Yell~」

発売は2004年なんですね。というかデビューシングルだったんか~い今調べて知りました。どうしてここに入るのかというと、私が中学生になり吹奏楽部に入ってこの曲を吹いたからです。多数決を取った結果この曲が採用されてしまったあたりに当時の人気を察していただきたい。当然のように私は聞いたことがなかったのですが、応援歌感があるので入場行進とかでけっこう何度も吹いた記憶があります。

 

2007年頃:関ジャニ∞好きやねん、大阪。

発売だともう少し前か。でも私が認知したのは中学校の頃だった気がするのでこの辺に入れておきます。クラスにいた関ジャニファンの子がみんなにサビの振り付けを教えてくれたんですが「サクが踊ると体操っぽくなるなぁ~」と言われたのを未だに覚えています。そう私はダンスのセンスがない女!!この時に「大阪ロマネスク」も聞かせてもらったのですが、特に説明してくれる人がいなかったので、なんやこれ……どうしてこの人たちはこんなに大阪がやっぱ好きやねんなんだろう……と首をかしげていました。申し訳ない。

 

2007年:Hey!Say!JUMP「Ultra Music Power」

実は知念くんと同い年の我々にとって、彼らのデビューって衝撃的だったというか。だってだって、クラスの男子とテレビの向こうの知念くんは同い年なんだぜ……怖……
クラスに山田くんのファンの子がいて、それもなんだか不思議でした。ずっと、アイドルって自分たちよりずっと年上のお兄さんを応援するものだと思っていたから……どういう気持ちで涼ちゃん!!って言ってるんだろうって思ってた。そんな思いのせいかこの曲は「かーぜをきれー♪」がやたらと印象に残っています。

 

2010年:嵐「Believe」

2008年に私は受験生となり、死ぬ気で勉強した結果、高校にギリギリ入学を果たし、そして死ぬほど忙しい吹奏楽部に入り、つまりはほぼほぼテレビを見ていない期間に入りました。元々興味がなかったのに加えて、輪をかけてエンタメから遠ざかっていました。

そしてふと気がついたとき、周りがみんな、嵐の話をしていた。

吹奏楽部のまたしても多数決で決まったのがこの曲でした。「なくした夢も取り戻すから♪」の後ろのリズムがよくわかんなくて「なんやけったいな曲やな」と思ったのは覚えています。

そういや錦戸くんファンの子も1人部活にいて、ドラマ「ジョーカー 許されざる捜査官」のあたりで「亮ちゃんまた不幸そうな役やってる……」ってちょっと嬉しそうに嘆いていたのを覚えています。今でもなんとなく彼のことを「亮ちゃん」と呼びたくなるのはたぶん彼女のせい。

 

2011年:嵐「Monster」

体育祭の創作ダンスで踊りました。知らないうちに決まっていたので決まって踊るまで知らなかったんですけどね。サビでウェーブとかしてた。

当時、部に大野担の子がいて、合宿に向かうバスの中で約3時間大野さんについて語られ、よくわからんが何かスゲェ人なんだな……ということを学習しました。彼女、最近結婚したって風の便り(という名の顔本)で聞きましたが、綺麗なブルーのドレスを着て微笑んでいて、今の私はいろんなことを察することができました。ありがとう、あの時はよくわかんなかったけど、大野さん、スゲェ人だな……

そしてこの後、私が大学進学で実家を出ている間に母がこの沼に落ちることを、その頃の私は知る由もなかったのである……

 

2017年:嵐「untitled」

そして大学に進み、主に2次元の方で同好の士を得、輪をかけて世間一般のエンタメに疎くなり、そのまま社会人となった私に、急にコンサートの話が舞い込みます。予習用に借りたアルバム、車の中でかけてみて、訳もなくめちゃくちゃに楽しい気持ちになったのを覚えています。その頃ロキノン系とかその他怨念篭ってる系の曲ばっかり聞いてたせいかもしれないけど……うわーよくわかんねぇけど楽しいなぁパキッとしててかっこええなぁというテンションのまま北海道に連れて行かれた結果が今です。

 

長い…ここまで読んでくれた方がいらっしゃいましたらありがとうございます。少しでも懐かしさとか感じてくれたらうれしいです。しかし盛大に年齢がバレたな……

 

 

このところ、ちょっとデビュー前の嵐の皆様を探してみたりしていて、それから最近デビューする人たちもいれば私たちの前から姿を一旦消した人たちもいて、そういう中で考えたのは、もちろん「あの時ハマっていれば…」っていう後悔があるのは当然だけど、でも結局私が好きになれたのは「今」なんだよなぁ、ということです。

後悔してみても、あの頃が戻ってくるわけじゃなし。そして「戻りたいあの頃」にも苦しい事とか悩むこととかもそれなりにきっといっぱいあって。何より何かを好きになることなんてコントロールできるものでもなく。そして今伝えたい愛は今伝えないと一生伝えることができないものになるかもしれない。

やっぱりその時に楽しいものに夢中になるのがなんだって一番いいんだよなぁというところで今回のだらだら文を締めさせていただきます。あぁ、でももしもそれができるなら、小学校高学年の私に、世の中の素敵なものを知らなかったぐらいで、そんなの何もこわがる必要ないんだよってことだけは、教えてあげたいかもしれないな。

 

【見た】
ラストレシピ 麒麟の舌の記憶
MIRACLE デビクロくんの恋と魔法
魔王
ラストホープ
世界一難しい恋
青の炎
ぼくらの勇気 未満都市
99.9 
S2
新宿少年探偵団

【見ている】
ブラックペアン
貴族探偵

 

映画『忍びの国』貴方の名前は?【感想】

気を取り直して映画感想いってみましょう。今回はこちら。どん。

 

忍びの国』 監督:中村義洋 主演:大野智

 

今まで感想を書いた作品は全てこの沼に落下後、つまりは「嵐」を私が認知してから視聴した作品ですが、今回はそれ以前に、劇場で見た作品になります。ですので、今までは超初心者の感想でしたが、今回ははっきりと、ジャンル外者の感想ということになります。

「ジャニーズに詳しくない人の意見聞くの楽しいよ!」って言ってくださる方もいらっしゃるので(ありがとうございます…皆様の優しさに生かされています…)せっかくですので、前半は映画の内容構成演出その他もろもろについて、後半は素直な「ジャンル部外者にとってこうでしたよ」という意見、にしたいと思います。ですので、お好きなところまでお読みいただければと思います。

 

※原作未読です。ご了承ください。あとラストや核心に直に言及するのは避けますが、視聴後にお読みいただくことをおすすめします。というか見て……ほんと……どっかでネタバレを踏む前に見て……お願いします……

 

 

というわけで前半戦です。

 

要するに「人間らしく生きる」ってなんだろうねって話だったんだろうなと思うんですよ。

伊賀の忍びは虎狼の輩、人ではない、というのが基本軸なわけですが、じゃあ何をもって人でなしとするのかっていうのって一言では言えない気がしていて。
あの人ら生活はあんなんですけど、別に進んで人殺し自体が楽しい!ってわけでもないし(川で盛り上がるのとか単純にエンタメが残酷さを上回っているだけであって)、お金が欲しいのとかもそれ自体はイコール楽がしたいとか普通に人間的な心の動きだと思うし、無駄死にするよりは逃げて生きてたいのとか普通に普通だし、うんまぁなんていうかなぁ、そんなに単純なもんじゃないよなぁと思うんですよ。

そんでぐるぐると考えてたんですけど、とりあえずここは確かなんじゃないかなぁって一つ言えるのは、「彼らは一個人として人から識別される習慣がない」ということなんだろうと。「一個人として尊重される習慣がない」と言ってもいい。

次郎兵衛が死んでも親が何も悼まなかったのは次郎兵衛が「次郎兵衛」「私の息子」ではなく「1人の下忍」であったからで。小競り合いで死人が出てもそれは誰それではなく「1人の下忍」だからそのへんに積んでおけば良くて。そういうのがずっと根底にある。職業柄そりゃあそうだっていうのはあるんですけどね。個人として識別されてはいけないお仕事なわけで……

そんでもって、我らが無門殿も、もちろん強いやつとして一目置かれてはいるんだけど、別に扱いが特別になるわけでもなくて、普通にカウントが1でしかないんですよね。それに彼は売られてきた子ってことで忍びの国の中でもだいぶ下層にいる子なわけで。生まれたときから個人扱いをされてきていない。

暫定的に「一個人として尊重される」ことをざっくり「人権」と呼びましょう(一般的な「人権」の定義は一旦横に置いておきます)。これを軸に考えると、「忍びの国」っつーのはだな、人権が著しく奪われている人がその事実に気づくお話なんだというふうにね、お姉さん思うのよ(何の口調だ)

 

やっぱり物語の軸として無門殿と対となるのは平兵衛だと思うんですけど、私は人権について考えるときには織田信雄くんのことを考えないといけないと思うんですよ。なぜなら信雄くんも形は違えど人権がなかった男の子だと思うから。

信雄くんはきちんとした家に生まれきちんとした地位を持ち、それは恵まれているんだけど周囲は全然「信雄」自体のことはなんというか、認識してないんですよね。家とか、親とか、人は信雄くんのことを見ているときその向こう側に別のものを透過して見てる。そして信雄くんはそのことをよく知っている。

彼が泣きながら崩れ落ちてそれが表面化したとき、家臣たちはやっとそこにいる「信雄」を、なんというか、「発見」する。そしてその向こうに見える何かではなく「信雄」その人のために、やってやろうじゃねえかと立ち上がるわけですな。熱いね。

つまりは信雄くんが一つのモデルケースなわけですよ。人権の喪失→その自覚→人権の復活っていうね。

ひるがえって無門殿はどうかっていうと、どうやら無門には自分の人権がやべぇことになってるっていう自覚はないっぽいんだな。そういうもんだと思っている。特に問題も感じてないし、信雄くんみたいに悩んでもいない。そして何も起きなければそのまま彼は1人の名無しの下忍としてある日ふいっと野垂れ死んでいたことでしょう。

それがさぁ、お国殿と出会って(お国殿は極めてまっとうな人権感覚を持った大人です)、戦という表舞台に引っ張り出されて、大膳に認識されて、平兵衛に仇として強い感情を向けられて、どうも無門殿は名無しの一人の下忍ではいられなくなる機会が激増するんですな。他の誰でもない無門でなければならない理由が増える。なんだか何かがおかしいなぁという違和感が積もるその果てに、「貴方の名前は?」という問いが降ってくる。

名前って、個人識別の基本だと思うんですよね。そこでやっと無門は自分を見つめようとして、自分を「発見」するというか、いや違うな、尊重されるべき自分がそこに存在しないことをやっと自覚する。そしてそれは「かわいそう」なことだと教えてもらう。そうしてやっと無門は人間として生きるためのスタートラインに立てる。

 私はこのあと伊賀を離れた無門は、信雄くんと同じコースできちんと人権を取り戻して人間になれたんだろうなって思うんですけど、なにを根拠にそう思うかっていうと、彼がネズミくんを拾いに戻ってくるからなんですよね。きっとあのときの無門にとってネズミは1人の死んだって仕方がない子供ではなく、あの時にお国殿が声をかけた、他の誰でもない子だったんだと思うんですよ。人間たる無門には自分も他人も替えのきく何かではない。

私はこれ見終わって「ブラック企業の話やん……」って思ったんですけど、人でなしの血が国中に散って子孫の血に流れているのなら、その弊害の根本はこういう人権がすり潰されているところから始まるんだろうなぁと、そんなことを思いました。

ということは置いておいて、私が見終わって一番最初に思ったことは、「大野智のファンは推しでこんなに最高の映画を作ってもらえたのか????羨ましすぎるな??」ということでした。細かいこと抜きでももうアクションとテンポの良さだけでも十二分に楽しめるし、画とセリフはいちいちかっこいいし、どんでん返しの連続だし、お芝居は最高でどのキャラクターも最高に憎めなくて愛おしいという、超いい映画でした。

 

ここからはおまけの後半戦です。

細かい好きなところの話をしつつも議題は「ここがもうひとこえ頑張って欲しかった忍びの国マーケティング」です。個人的な意見です。だいぶ愚痴です。かなり愚痴です。読みたくない方はここでご退席をお願いします。お互いのためです。

 

 

 

私はくやしいんだよぉ~~~~~なんでかってこの映画まだ刺さるべき人のところまでまだまだ届いてないと思うんだよぉ~~~~~~~じたばたじたばた、という内容になりますので、当時ジャニーズファンでもなんでもなかったし大野担の母からムビチケをもらわなければ間違いなく見に行ってなかったけど、1回見に行ったらそれから自分のお金で2回見て友人3人に劇場に足を運ばせた人間の戯言と思って、ぼんやり読んでください。

 

・予告

予告が…弱い…もう一声…なんとかならなかったのか…
個人的な意見なんですけど、映画の予告に大事なものって「予想外なことが起きそうだという予感」だと思っているんですよ。予想を裏切る展開が待っていそうな予感が欲しいわけですよ。でもそれを演出するのってすごく難しい。だから「あなたは衝撃のラストに涙する!」みたいなひどいコピーがひどいと言われつつ、依然としてはびこっていたりするわけじゃないですか。
その辺が…非常に弱い……というか忍者が戦をする!みたいなのが既に「予想外」要素として見えているせいで、余計に「想定内の「予想外」しか起きなそう」という印象を持たせてしまっているんですよ。伝わるかな……実際の中身は予想外しかない。それは戦の展開もそうだし結末もそうだし「術」もそうだし…ついでに私はあの城を作って焼くシーンのテンポ感が最高に好きです。そういうのをわかってほしかったよなぁ……いっそ「衝撃のラストに涙する…」ぐらい煽っても良かった気がする…だめかな…
あとどうでもいいけどあの予告見た人10人に9人は伊勢谷友介が信長なんだと思うよね(実際は登場すらしないというのに)

 

・主題歌

先に言い訳させてください。私はつなぐが大好きで、untitledコンではあのオーバーチュアで鳥肌が立ったしあそこのためにもBDを全裸待機してるし、映画を見に行った後は思わずカラオケ屋に走ってまだ映画館でしか聞いたことのない曲の歌詞をにこにこしながら追いました。3回目なんて映画館に私しかいなかったからこっそり口ずさんだぐらい。それでも当時みじんもジャニオタじゃなかったときのことを忘れないために勇気を出して書く。当時の私なら、ジャニーズ主演の映画があったら主題歌がジャニーズだった時点でその映画を鑑賞リストから外す。
曲が悪いっていうんじゃない。ジャニーズが嫌いなわけでもない。ただそのマーケティングの姿勢に首をかしげてしまいその映画分の時間とお金を別の映画に優先して回してしまう。当時の私はそうだったし今も5ミリぐらいそう思う。
なんでだよ~ナラタージュもラストレシピも主題歌別だったじゃんかよ~ラプラスの魔女も違うじゃないかよ~~~~~じたばた。
先日のブラックペアン問題もそうですけど、主演センター曲システムを期待したいのはやまやまなんですが、ちょっとじたばたしてしまう点なのでありました。それはそうと大野さんがドセンの曲、主題歌とは別に8382371487282047曲ぐらいは聞きたいので今後とも何卒よろしくお願いします。

 

・対象

制作サイドがこの映画を見せたい層がどのあたりだったのかなっていうのが本当に疑問なんですよ。そのへんが非常にふわっとしていたと思う。女性も楽しめるってなことをいつかのインタビューで聞いたような気もしますが、ちょっと待ってくれと。いやどんな映画であろうとオタクは行くよ。オタクは例えそれが自分の推し以外の部分がどんなにNot for Meだろうが行かずにはいかない生き物だよ。だからそのもう確定している大票田たるオタク以外のところへのプロモーションに方針を振っても良かったんじゃないかなと思うんです。主題歌もその1つ。

個人的にはアクション好き層、歴史クラスタ、特撮界隈あたりに絶対刺さったと思うんですよ。実際私はマッドマックスを見に行った友人の耳元に「知能がいくぶんか高いマッドマックスだと思って行け」とささやくことで3人を動員し、結果的に友をしばらく忍びの国のことしかつぶやかないbotにすることに成功しました(詐欺では?)あと「これが本当の忍者、忍術なんだ!」というような切り口でも良かったかなと思います。道具とか「術」とかきっちりしていたのも魅力だと思うので。私としては届いていない忍たまファンがいるのが惜しい……絶対に開始1分で「あっこれ劇場版で見たやつ……!」って進○ゼミみたいに感動するもん……

なんていうのかな、こう、①必要以上のPRをしなくても来る層と、②来て欲しいけどピンポイントなPRがないと来ない層と、③取り込めたらいいけど優先しない層、みたいなのがあって、じゃあそれはそれぞれどういった人で、どこを最優先しますか、という部分がとっちらかったままプロモーションされている感があった気がします。私は①にあたるのはジャニオタだと思ったんだけど、どうも制作サイドは②や③だと思ったのか?じゃあ①に当たるのは何だ歴史ファンか?と思ったらそうでもなさそうだし、アクション好きか?ってなるには予告が情報不足な感じだし……みたいにどうもこう、そのへんがふわっとしてたような気がします。今どき刺さる層にさえ刺さればあとはその人たちがどんどん拡散してくれる時代なのに……

 

盛大な愚痴になってしまいまして申し訳ありません。映画が最高なのは大前提として、でもやっぱり見る気にさせるって部分はめちゃくちゃ大事だと思うんですよ。見られなければ何も始まらないから。なんの専門家でもないけれど、実際にこんなに面白くてかっこよくて泣けて興味深くて何度でも見たくなる映画を見逃しかけた人間として、やりようによってもうちょっとこの映画は化けたんじゃないかと、珍しくキツいことを言います。

 

 

 

 

 

 

(楽園が見つからなかった話)

お世話になっております。みなさまお元気でいらっしゃいますでしょうか。

今回は番外。感想でも超初心者シリーズでもなく、その上に嵐さんの話でもない話(関連はなくもないといったら過言なぐらいある)になります。私のブログなんだから好きに使えよ!って気もしますけどね、一応おことわりです。ついでに明るい話でもないです。申し訳ありません。

 

私は嵐に出会って、ジャニオタ界隈やついでにドルヲタ界隈を知るまでにも、時折拡散されて回ってきて見かけるいわゆる「担降りブログ」というのを読む機会が何度かありました。その度に私は「文学だなぁ……」という感想を抱いてきました。
それは一つの恋愛小説というか、ほら、やっぱり人が熱意と怨念(ポジティブな意味も含みます)を持って書く文章って上手い下手関係なく何かしらキラキラしていたりグッとくるものがあったりするものです。だから、正直言って「自分のジャンルではないから」というお気楽な面はあるものの(その対象が自分の大好きなものだったら複雑な気持ちになるのは当たり前だと思います)ドラマやなぁ、なんと趣深い文章だろうかと思ってきたわけです。すげぇな、なにが彼女たちをこうさせるのだろうと。

 

だから、私も書いておこうと思います。聞いてください。先日、大好きなミュージカルのカンパニーが終わりました。

 

それは所謂2.5次元の舞台で、私はこれがはじめての2.5で、ここで3次元への信頼感をガッと上げて流れ流れて今があるのでたぶんこれがなかったらたぶん今も嵐さんにはハマっていません。3年前から毎年1作づつ公演がありました。

こういうタイプの作品で、「おわり」を宣言されることはなかなかないことです。次が作られなかったらイコールそれが終わり。何年も続いていく作品もあれば、そっと1回きりで続編がなく、ファンがいつまでも帰らない人を待ち続けるような気持ちでいる作品もある。でもこのコンテンツはそうじゃなかった。3作目の時点で、これで終了、続編はなし、これは卒業公演です、が宣言された。

他ジャンルの人に聞きたいんですけど、それって幸せなことだと思いますか?どっちがいい?次のコンサートが解散公演って言われるのと、事実上活動休止状態でなんにも音沙汰がなくなるの。ジャニーズJr.って、特に卒業に区切りがなくってそっといなくなっていたりすると聞きましたがそれってどうなんだろう。どんな気持ちになるんだろう。

私は誠実だったと思うんですよ。終了を宣言してくれるってことは。次がいつ来るのか来ないのか、なんで来ないのか、会社のせいだ誰それのスケジュールのせいだお金のせいだファンのせいだ、って疑心暗鬼にならなくてもすむし、それできれいな思い出を汚さないで済む。ついでに、このミュージカルは「このメンバー以外でこれ以上のものはできない」と判断したということです。舞台は役者を変えたって成り立ちますが、それをしないと判断したということです。誰かが欠けるくらいなら、やらない。それはメンバー全員を、カンパニー自体を愛しているファンにとってとても嬉しいことです。
その上、これはただこのミュージカルが終わるということなので、役者さんたちはこれからもいろいろなところで活躍します。私たちはそれを見ることができる。

 

それでもさぁ、やっぱりしんどいよ。しんどい。

 

そりゃあ役者さんにはこれからも会えるかもしれないけれど、私が好きなのは「そのミュージカルをやっている役者さん」だったんだもの。そして私が好きだったのは「その役者さんが生きているミュージカル」そのものだったんだもの。もうその大好きな生き物は私たちの前から姿を消してしまった。それがもう、ひたすらにつらい。

 

ラストはミュージカルではなく、今までミュージカルで歌った歌を歌うコンサートをやってくれた。最高だった。もうあれきり聞けないんだろうなと思っていた3年前の歌をもう一度歌ってくれた。笑顔で手を振ってくれた。しかも歌もMCも、みんな前よりずっと上手くなっていた。楽しくって楽しくって、涙がぼろぼろ出てきた。

特に嬉しかったのは、みんなで歌ったり、ペンライトを振ったりできたところ。ミュージカルは基本的に、静かに座って、黙って見なければなりません。当たり前なんですが。でも、最後はコンサートだから、みんなで手を歌ったり手拍子をしたりできた。3時間以上オールスタンディングだった。

ここは少し特殊なジャンルで、私たちは大好きな推しの名前を口にする機会があまりない。Twitterで推しの名前を鍵なしでつぶやくと、ジャンル内警察に怒られる。信じてもらえないかもしれないけれどそういう世界もあるんです。

だから、今回ステージに向かって、心置きなく大好きな人の名前を呼べて、それが本当に嬉しかった。俺は?と問われて名前を叫んでレスポンスすることができて幸せだった。嵐さんも言うけれど、コンサート会場っていうのはその大好きな人の味方しかいない空間で、それはファンにとっても同じことで。そこにいるのはみんなファンで、それも幸福だった。私たちの大好きな人は、見渡す限りの人に愛されていた。

私たちにとってもラストだったけれど、キャストさんにとってももちろんラストで。彼らが不意に涙ぐみそうになるたびに胸がいっぱいになって、こっちも泣いた。

ずぅっとキャラクターとして、歌って踊ってはしゃいでくれた彼らだったけど、千秋楽の最後にはキャストとしてこの作品と仲間たちがいかに素敵なところだったのかを語ってくれた。もしかしたら、以前の私だったら、そこまで乗れていなかったのかもしれないけれど、私はここのところ、嵐のコンサートを見たり、メイキングやインタビューを見たり、いや、そもそもアイドルを推す上で特有のなんていうんだろう、「人の演技や仕事のバックボーンにある思いや信念やそれらのぶつかり合い」をエンターテイメントとして鑑賞する技術を手に入れてしまっていた。お芝居への思い、仕事へのスタンス、将来の展望、芸能活動で失われる人生の何か。語られるそういうものがじゃんじゃん心に染みてしまって、本当に言葉にならなかった。

帰り道、来る時と同じようにコンサート直前に発売されたミュージカルのCDを聞こうと思ったけれど、上書きしてしまうのがなんだか嫌でやめた。代わりに嵐を聴こうとしたらプレイリストで「楽園」が流れてきた。最高の時間ほどまたたく間に過ぎ去ってく、いつまでも終わらせないで、覚めない夢が見たくて。ずるいよ相葉さん。その通りだよ。あー終わっちゃったってそれでまただばだば泣いた。

 

オタクをやっていて、話したことがある。「私たち、なんでこんなに自分と関係ない人のことで心を乱してるんだろう」

本当にその通りだ。なんでこんなにしなくていいしんどい思いをわざわざしているんだろう。なんでこんなにべそべそ泣いて、時には怒って、時には喜んで。絶対に自分の人生と交差することがない人の人生で、すごくちっちゃいことで、なんでこんなに苦しいんだろう。

いや、でも、とも思う。それが楽しくてこっちはオタクやってるんだよなって。自分の人生1回分以上のわくわくや、驚きや、悲しみや、悩みがほしくて、恋をしているんだよなって思う。でも別にこちらがそういう生き方を選択したわけではなくて、気づいたらありとあらゆるところで恋に落ちていたので、すごく悔しくて、そしてありがとう、という感じだ。

 

これが、そんな私の担降ろされブログです。ここまで読んでくれた人がいたらお付き合いさせてごめんなさいね。さてと、これからどう生きようか。あっ次回はいつもどおり感想に戻ります。そろそろ忍びの国をと考えてます。

 

私に素晴らしい人生をありがとう。もしも何か奇跡が起きて、貴方たちにいつかまた会える日が来たら、絶対に会いに行くので待っていてくださいね。